古典〜KOTEN〜ヨガ @新潟市秋葉区(旧新津市)&中央区

Vanakkam yoga school 〜ワナカムヨガスクール〜で学んでいるヨガを新潟市秋葉区&中央区でお伝えしてます

いいわけ

タイミングとか流れという言葉を

人は時に言い訳として使う

 

今回はタイミングじゃなかった

 

自分の負けを認めたくないから

恥ずかしい思いをしたくないから

努力不足を悟られたくないから

罪悪感を感じたくないから

自分が傷つきたくないから

 

時という誰もコントロールができないことに責任転嫁をして

聞こえの良い綺麗な言葉で片付けてしまう

 

自分が渇望して

それに向かって努力して

それでも叶わなかった

なら

私のタイミングじゃなかった、は適切だけど

 

そうなるといいなって

心の中で神頼みをして

何も行動をしない

それで叶わなかった

それを

私のタイミングじゃなかった、は意味が違ってくる

 

自分を守っているつもりで

自分に嘘をつくことは自分を傷つけていること

自分を欺くことに慣れてしまうと

自分には価値がないとか

何のために生きているのかとか

どんどん窮屈で息苦しくなる

 

努力次第で何とかなるものまで

聞こえの良い言葉で片付けていないか

自問自答すること

それが始まったらヨガの練習が始まる

 

奇跡は努力した者にしか訪れない

そんなスートラも教わりました

 

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ダルマ

♬~

シューシュシュシュシュシュールもモナリザ

いいかどうかは自分で決める

 

どうして空は青いのか

どうして赤くて黒いのか

あたりまえのことなんてなんにもないんだ

 

ピーピピピピピカソもダビンチも

いいかどうかは自分で決める

 

思もいどうりに生きなはれ

いまを大事に生きなはれ
♬~

 

時計代わりにつけていたテレビから流れてきた歌

画面の前で正座して聞き入ったのを覚えている

制服にも着替えて後は出るだけの状態だった

 

今日は行かない

この歌を聞きながら決めた

あんなにも強く自分の意思を貫いたのは初めてだったように思う

だから今でもすごく残っている

 

言葉通りに受け取ってその日は学校を休んだ

学校へ行かなきゃならないなんて誰が決めた

それこそ当たり前じゃないだろう

そう思った

 

今ならわかる

あの時の愚かさが…

 

教育の現場にヨガの教えがあったら

どれほど救われる子どもがいるのだろう

だからまずは大人が変わらなきゃいけない

その一歩は自分が変わること

 

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ダルマを全う

 

 

大丈夫を体験する

これまで生きてきて先生と呼ばれる人と

いったい何人出会ってきたのだろう

 

漢字が読み書きでるのも国語の先生のおかげで

お釣りの計算ができるのも数学の先生のおかげだけれど

 

人間関係や生き方に迷ったときに

家族間で問題があるときに

病院へ行くほどでもない不調を感じているときに

かつての先生の言葉は聞こえてはこない

 

生きている以上誰にでも訪れる問題や試練

どうやって乗り越えるか

どうやったら問題や試練と捉えない思考でいられるか

そんな基本的な「生き方」であり

「人間」という自分が属していながら全く知らなかった大きな分野に触れていくこと

それを教わることがヨガ

 

だからどんなタイトルのクラスであろうと

人生のうちの数時間

生身の人間を学ぶ時間

そんな時間の使い方してみませんか

 

 

今日フェイスブックに投稿した内容

文章を考えたのは昨日で

時を同じくして別の課題が私にはあった

そちら側ではどういう伝え方がベストなのか試行錯誤していた

そもそも私が考えていること伝えようとしていることは

ヨガの教えに反していないか

ヨガを間違って解釈した上での考えではないだろうか

 

教わっていることに絶対的な自信はあるものの

数学のように明確な答えがあるわけではないから

伝え方に迷いがある時

伝える内容さえ揺らいでいくようだった

 

私の頭では限界かもしれない…

あの人に相談しようかな…

でも状況を知らない人に時間を割いてもらうのは違うしな…

そんな事を頭でリピートしていたら当然寝れなかった

 

私もまだまだだななんて思いながら朝から昨日の続き

答えの見つからないモヤモヤ

気づくとずっと考えていて

久々に底なし沼にはまったような感覚

そんな時にふとよぎったスートラ

 

考えていた事とは一見直接関係しないスートラ

「カルマメイ カンナイル、、、」 あぁ忘れた…続きなんだっけ?

そう思ってたまたま開いたヴィジョンオブヨガで取ったノートの1ページ

探していたスートラではなく本当にたまたま開いたページに

モヤモヤを払拭する言葉が書いてあった

底なし沼だと思ってもがいていたのは幻想でちゃんと地上にいた

 

気づきのために課題を与えてくれた人へも

ヴィジョンオブヨガを受講する機会を与えてくれた人へも

感謝以外の言葉は見つからない

そうやって誰かのおかげで今日も気づきをもらった

 

困ったり迷ったりした時ある種の孤独を感じる

でも必ず師の声が聞こえる

その師が教えてくれるスートラが導いてくれる

ヨガがある

クラスに足を運んでくれているひとりひとりに当てはまること

私を通して師とヨガとつながっているよ

 

 

ヤーメルカ バイヤミン

イニアラン スガメイ

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CD買ったら懐かしいのが入っていた

 


 

 

敬意を払うこと

お酒を飲んではいけない

 

そんな風に師は私たちに強制をしたことがない

敢えてその話に触れることがない

お酒が健康に良くないことは誰もが知っているから

 

師が触れるのは飲酒によってリスクを負う「内臓の発する声」が現れる体の部位

内臓はちゃんと声を出してる

自らそれに気づくことは至難の業

気づいたとしてもそれが飲酒の影響だなんて到底考えつかない

 

ヨガを正しく学ぶことで意識が変わる

それはまるで季節が移り変わる時のよう

暑くなれば半袖になるし

寒くなればコートを着るのと同じ

相応しい時がきたら意識は体を健やかに保とうと働きはじめる

だからヨガを正しく学ぶ者はお酒が自然に離れていく

 

お酒に限ったことではない

体には良くないと知りながら食べている物やしている行動すべて

自分自身の体に敬意を払えていないのと同じ

 

体調を崩して苦しむのは自分だからいいじゃない

誰にも迷惑かけないし自分で何とかするから

本当にそう思いますか

 

仕事を休んだら誰かが代わりをしてくれる

寝込んだら家族が薬と水を運んできてくれる

その人たちにもそれぞれのすべきことがあります

その人たちにも大切な時間があります

自分の不摂生が誰かの大切な時間を奪うこと

相手に敬意を払えていないのと同じだと思いませんか

 

もちろんどんなに気をつけていてもどうにもならない時もある

自分が原因で起こるハプニング

自分以外が原因で起こるハプニング

同じハプニングでも違いがあるように

体調を崩すことも至るまでの道のりは全く違う

 

 

最期まで自分の手でお箸を持ってご飯を食べる

最期まで自分の足で歩いてトイレに行く

ヨガを学ぶ者ならばそんなヴィジョンも見据えなさい

師が声を大にして教えてくれること

 

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giveの違い

頑張り方が間違っているのかもしれない

空回りしているような

自分では一生懸命なのだけれど

思ったように事が進まない

もしかしたら頑張り方が間違っているのかもしれない

 

うまくいっていないと思うなら

うまくいっていないことを考え続けるのではなく

どこに何に行き違いが生まれているのか

自分がしていることは何のためで誰のためなのか

それが家族のためだったら

とても素晴らしいことではあるのだけれど

そこに見返りを求めている自分はいないのか

自己犠牲を感じているなら

それは家族間であっても金銭の授受がないビジネスのようなもの

だから溜まっていくのはお金じゃなくて不満

 

ヨガはgive

ビジネスのgive and takeとは違う

 

同じgiveでもヨガのgiveは「差し出す」ビジネスのgiveは「与える」

ニュアンスが違うと意味合いすら変わってくる

 

何のため

誰のため

深掘りしていくと答えはすぐそこにあるのかも

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ユーモア

Q:次の略語の正式名称を回答せよ

NATO=(    )

EU=(    )

WTO=(    )

ELT=(    )

 

国際経済のテストで出た実際の問題

 

NATO=( 北大西洋条約機構 )

EU=( 欧州連合 )

WTO=( 世界貿易機関 )

ELT=( ??? )

 

ELT…?

私にはEvery Little Thingしか思い浮かばない

教科書にそんなこと書いてあったかな

どっちにしろわからないから不正解だとしてもいいか

そんな頭の中での会議を終え素直にEvery Little Thingと書いた

 

返ってきた回答用紙

なんと赤いペンで丸がしてあった

 

Every Little Thing以外ないだろ!!!」

先生は解説を一言で終わらせた

 

普段からたまにジョークをちょいちょい入れる先生だった

幸いその授業は寝ていなかったので私はそんな先生のユーモアさも知っていた

寝ていた同級生は答えられるはずもなく

先生はそんな問題で授業を聞いているか聞いていないかを見ていた

 

先生の発想には脱帽だった

思考に柔軟性がないと思いつかないこと

同じ角度から物事を考えるばかりでなく

真逆の角度だったりちょっと右からだったり

マットの上の練習も同じだなって思う

 

マットの上でしていることはマットに乗っていない時にこそ活きてくる

だからマットの上の練習は絶対に必要

 

自分の体にどう向き合うか

自分の体とどう向き合うか